物語とはなんなのだろう。
うちの近所の「餃子の無人販売所」が最近閉店したんだが、先日その前に立ち尽くす男性がいた。
閉店を告げる張り紙を読んでいたんだろうか、しばし立ち尽くしたあと、止めていた車に乗り込み去っていった。
それだけである。それだけだが、その立ち姿は「立ち尽くしている」としか言いようのない、見事な立ち尽くしっぷりであった。
その人の心情は分からない。どのようにしてその場にたどり着いたのか、目指してきたのか、たまたま通りかかったのか、近くから来たのか遠路はるばる来たのか、何もわからない。わからない上であえて、あえて言うならば、
「閉店した餃子の無人販売所」
では受け止められないのではないか、あまりに荷が重いのではないかという立ち尽くしっぷりであった。
大げさに嘆くのではない、かといってあっさりと事態を飲み込んだようではない、ただ、ただ、立ち尽くしていた姿だった。人が状況を受け入れるとはどういうことかを見るものに教えるかのごとく、立ち尽くしていた。
ただそれは、
「閉店した餃子の無人販売所」
の前であった。
これが大学合格発表の掲示板の前なら、病院の手術室の閉じられた扉の前なら、妻に離婚届を突きつけられたあとのリビングなら、その立ち尽くす姿は却って印象に残らないかもしれない。
しかし、そこは
「閉店した餃子の無人販売所」
の前であった。
そしてそれがゆえに、強烈な印象を私に与えたのである。
この話にこれ以上の展開はない。このあと言葉を連ねるとしても、男が立ち尽くしていたという以外にない。だがしかし、伝えたいのである。あの日うちの近所の閉店した餃子の無人販売所の前で、立ち尽くしていた男がいたことを。人の心に残るとは、ドラマとは、物語とは一体なんなのだろうか。
きょうのおひるごはん
醤油ラーメン(850円・ミニライス無料・最近お気に入り)
あきらめよう。
特に理由もなく久方ぶりにブログを使い始め
、その流れで過去のブログを読み返すと、アイドルのことをよー書いてるなーと改めて思う。
これとか
https://ohirugohan.hatenablog.jp/entry/20050423/p1
これとか
https://ohirugohan.hatenablog.jp/entry/20040126/p1
これとかそのまんまだし。
https://ohirugohan.hatenablog.jp/entry/20030710/p1
なので、もう諦めようかと。
Xでは触れてこなかったけど。
もう、いいかなーって。
ということで、これからXの方でも
「1970年生まれの坂道オタ&モモノフ」
としてやっていこうと思います。
(あ、モモノフは滲み出てたか)
そうですよ?こちとら四十年秋元康の掌で踊らされてますよ?
ひとまず、「お見立て会って呼び方をやめて、運営偉かったね」というあたりからXでつぶやいていこうかと思います。
きょうのおひるごはん
フランスパン・鶏の照り焼き・ゆで卵・レタス
ねむい。
このところ朝が起きられない。
年を取ったら朝が早くなると聞いていて、五十近くになってからやや実感した時期もあった気がする。
そんなに早起きするわけでないが、もともと寝起きが悪くほっとけばいつまででも寝ていたいものだったのが、6時台に起きろと言われればまぁまぁすくっと起きるようになったのだ。
早起きの人から見ればそんなものは早起きのうちに入らないのだろうが、わが身としては大変な変化で、ああこうして人は早起きになっていくのだなと思ったものだった。
それがこの冬に入ってからだろうか、布団から出るのが昔のようにしんどくなった。出社するのはギリギリ、リモートワークの時などさらにギリギリのギリでパソコンを立ち上げている。
話が違うじゃないかと思ったのだが、単に寝るのが遅くなっているのでは、とはたと気づいた。
セガレが生まれてから、うっかりすると10時台には寝ていたものが、近頃は1時近くまで起きているのはザラである。
じゃあそれはなんでかといえば、セガレが大学生になって、必ずしも朝起こす必要がなくなったからだ。
朝起こさなくていい
→早く寝るモチベーションが欠ける
→遅くまで起きている
→朝起きられない
とものは順にいっていて、何のことはない寝不足で眠いだけなのである。
思えばコドモがいることで、風呂に毎日入るようになり、朝ごはんを毎日食べるようになったが、人として成長したわけでなく、コドモがいることで大人らしくしようとしていただけなのだった。
1枚薄皮を剥げば元通りということで、それはそれで「そうそう人間変わってたまるものか」と、なんだか愉快でもある。
きょうのおひるごはん
かけそばミニ天丼(680円)
今更年末調整。
昨晩季節外れながら年末調整の話になった。
サラリーマン生活三十年、毎年繰り返しているのに毎年何をどうやって書くのか一から学ぶことになる。何であんなに分からないのだろう。
思えば「〇〇万円の壁」の話も昔から繰り返し聞いていて、3パターン位あるのよね、というところまでは覚えがあるが、さて何がいくらでどうなるのか。昨今のニュースでちょっとわかった気になったのにもうあやふや。
確定申告もそうだろうが、つまりあのてのものは、様々な法や規則がぎっしりと固まった結果の産物だからではないか。
賢い人が様々な法に沿うよう反しないよう漏れのないよういっぺんに済むよう、きれいに積み上げた結晶があの一枚なのではないか。
だから通りすがりがうかつに触れると、そこにはカオスが生まれてしまうのであろう。
まるで
旅の思い出を詰めたスーツケースが、一度荷を解くと再びしまうことができないように。
砂で描いたラブレターが、一度波が打ち寄せれば消えてしまうように。
一度出来上がったジグソーパズルを再び作ろうと思って崩すと、なぜかピースが足りなくなるように。
ハートのエースが出てくるのは、引っ越しの荷造りが終わったあとの掃除の時のように。
えーと、もう例えが浮かびません。キャンディーズまで出てきたらもう無い。
詩的にまとめたとて、また今年も年末調整はやってきて、「はて扶養者とは…」となるのであろうことだよう。(詠嘆)
きのうのおひるごはん
豚生姜焼き(奥様謹製)
きょうのおひるごはん
フィレオフィッシュセット(600円)
強風にあおられて。
帰り道、強力な向かい風にあう。
たまたまコートの前を閉めずに外に出たので見事にはためき、その瞬間、「西川貴教みたいだ」と思う。
いつからか人は、向かい風を受けると西川貴教を思い起こすようになった。
これはせがれにも通じたので、ある程度世代を超えてのことだろう。
ほかにライバルも見当たらず、向かい風業界は西川貴教の独占市場と言って過言ではない。公取が介入しかねないレベル。
このレッドオーシャンに挑まんとする若人は現れるのだろうか。
ひょっとしたらアメトーークで時折見せるムーブから、田中卓志の参戦があるかもしれないと思い至った。情熱大陸で密着されるという追い風もあるし。向かい風なのに追い風を受けるとはこれいかに。(こんなオチになっちゃった…)
今日のおひるごはん
あんかけラーメン(720円)
日本一早いかもしれない「ダブルインパクト」審査員予想(というより希望)
新たなお笑い賞レース「ダブルインパクト」。
漫才とコントの二刀流芸人を決めようということだそうな。
果たして界隈全体の幸福量を最大化することにつながるのか直感的には不安だが、これがきっかけとなる芸人さんももちろんいるだろうことから、ぜひ頑張ってほしい。
さて誰が出るのか、誰にでてほしいか、すでにお笑い好きの中ではかまびすしいが、まだ発表されていない(きまっていない?)審査員は誰になるのだろう?
ということで考えてみた。
二刀流を評価するのだから、やはり審査員も二刀流が求められるだろう。しかも高いレベルでの二刀流ということになると、M-1・KOCで高い結果を残している人が適任になる。
とすると、
がもってこいだ。何しろサンドウィッチマンはM-1優勝・KOC準優勝、かまいたちはKOC優勝・M-1準優勝である。
そこに自分は
を加えたい。実績はほぼ同列(KOC優勝・M-1最終決戦)だし、何よりその異才ぶりからどんな審査するかワクワクするじゃないか!
なおそれぞれコンビ二人とも審査員とする。なぜなら過去のKOCでさまーず・バナナマンが二人とも審査員だったのが大好きだったからだ。「コンビで評価分かれるんだ!」とか、「これは一緒なんだ!」とか、ちょー楽しくなかったっすか?そんなことないですかすいません。
さてこれで6人。審査がどのような形になるか分からないが決選投票などのことを考えると、できれば奇数にしておきたい。
トリオを加えることも考えたが思い当たらず、では1人追加するとなると、漫才もコントもできて格も十分で…
ついあの人を思い起こしてしまうが、非現実的なので考え方を変える。
一人で「マイク一本で客と向き合うことが出来、かつ役に入って笑いを生むことも出来る」と考えると、落語家もありなのではないか。落語は複数の役に入って語るものだし、一方で場合によっては漫談のように一人喋りで出番をこなすこともある。また新作落語を作る人なら「ネタ作り」についても一家言あるだろうし、いろんな着眼点から多角的な審査が可能ではないか。
ならば今回制作は日テレであることを考え、七人目の審査員は
でどうだ!
これ当たったら誰か褒めてほしい。
きょうのおひるごはん
カレー(昨日の残りの美味しいやつ)